木食善住上人の入定塔
 

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木食善住上人の入定塔

 

この塔は富隈神社境内本殿より公文山頂上へ向かったところにあります。
上人は、五穀や火食を避け、木の芽や野草などを食べたことから、木喰上人と呼ばれました。
この地に護摩堂を建て、読経の日々を過ごし、頼まれれば加持祈祷もしましたが、金銭は断ったそうです。
 この周辺は公文山古墳群と呼ばれていて、全国でも珍しい変わった埴輪が出土した事でも有名です。
<案内板写す>  木食善住上人は、寛政八年(1796)3月11日丹後国宮津に生まれた。
 二十四歳のとき讃岐金比羅神に誓って仏門に入った。
 名を源心と改め、箸蔵寺・高野山・金剛山等で修行を積み、江戸深川霊運寺の泰山和尚によって灌頂を受けた。
 修験道をもって諸国を廻り、嘉永三年公文村にとどまり、金比羅街道に護摩堂を建て、不動尊を安置して、諸国のために加持祈祷を行い、暇あれば仏像を彫刻した。
 丸亀・岡山両藩にも出入を許されていた。
明治三年秋、入定の業に入り同年10月15日寂滅した。
明治3年10月16日信徒によって、この入定等が建立された。