増田神社(高松市・旧高松市)
 

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 増田神社

増田神社は、詰田川東側の毘沙門堂内に祀られている。
この建物の横に案内板があり、この中に増田神社があることが判る。
ドアが閉まっていたので、建物背後のお墓を見て写真を撮っていたら、寄り合いか何かで地元の方が数人やってきたので、少しお話を聞く。
せっかくなので、お参りして行きなさいと言っていただき、お参り。その際、写真も許可を得て撮らせていただく。

増田神社
祭日 七月三日(現在は九月一日)
当社は、江戸中期の「三代物語」の著者増田家の鎮守神で、毘沙門堂の中に祭られている。

高須毘沙門堂
祭神 毘沙門天
祭日 七月三日(現在は九月一日)
元は、増田家の屋敷内にあったと言われている。

宝蔵院道
この道は毘沙門天堂の南側の東西の道である。
長尾の宝蔵院極楽寺の住職桂洞師が、毎月藩主の講話のため出仕していた。
途中御坊川の処刑現場に出会うので、私の通るときだけでも処刑の中止をとの願いから刑場を避けて通るために作られた道である。

増田三代の墓
増田家墓地には、「大乗妙典塔」という経塚を囲むように十七基の墓が建っている。増田休意父子三代の墓は、南側の列ほぼ中央にあり、向かって右から武信・正宅・雅宅の順に並んでいる。
・菊地武信(還眞圓了院崇心日慶)
号は崇心齋、木田郷に住み好んで讃岐の史跡を調査した。元禄六年十月二十二日没、行年八十五歳。
・増田正宅(妙法随了院崇悦日順)
郷は崇悦、武信の次男で松平家に仕え、貞享三年奉行となったが、故あって木田郷に隠れ、農を業とする傍ら、父の志を継いで讃岐の史跡を考察した。
享保十二年十一月二十三日没、行年八十八歳。
・増田雅宅(妙法住眞院休意日定)
号は休意、木田郷に住み、祖父武信・父正宅の志を継ぎ、三代物語を世に出した。明和五年五月十七日没、行年九十一歳。

 毘沙門堂内 毘沙門堂の裏手
 

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