旧八幡宮(観音寺市・旧大野原町)
 

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 旧八幡宮

旧八幡宮は、大野原八幡神社の北東に隣接、大野原小学校の北に鎮座する神社。
2004年に、境内整備が行われたようで、社殿がとても綺麗だった。
もとは、大野原八幡神社と一つの神社だったが、神仏分離で、大野原八幡神社と旧八幡宮に別れる。
この神社の北側に、別当寺の慈雲寺、そして、ここより少し上に、岩倉様が祀られている。

旧八幡宮改修祈念碑
寛永二十年(一六四三) 古墳が点在する無住の原野であった大野原は、四国は言うに及ばず五幾内各地から移住して来た開拓移民の先祖達によって切り拓かれ 幾世代にもわたる苦労を積み重ねた結果 豊穣な田畑が広がり大勢の子孫達が住むようになった。
しかし、先祖の方々が江戸時代に遭遇した苦難は並たいていの物ではなかった。
水とのたたかい。ひもじさと酷暑・厳寒に耐え 生きるための農作業を続けるなかで、不屈の開拓魂を支え、村びと達の心の支えとなったのは、当時の氏神様である大野原正八幡宮(ご祭神は正八幡大菩薩)であった。
そして、その報恩として宝永四年(一七〇七)に村人達は神輿三基を奉納し、それ以降秋の豊作を祝う神事が、この神輿を中心に村人あげて盛大に執り行われるようになった。
その後、明治元年(一八六八)に神仏分離例が発布され、氏神様が現在の大野原八幡神社(ご祭神は八幡大神)に名称が変わってからも、神輿行列は明治十四年(一八八一)に建立した江戸時代の御祭神をお祀りしたお社(以降旧八幡宮と称す)にも渡御することで敬神の念を捧げ続けてきたのである。
平成の御世となり、旧八幡宮のお社も老朽化が進み、今回改修できたことは、私達氏子にとって最上の喜びであり、ご先祖各位がつちかってきた開拓魂と敬神の心を、今日まで伝えてこられたことに感謝し、ここに祈念碑を建立して、末永く後世に伝えるものである。

 社殿 鐘楼

 狛犬
 


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