井原神社(高松市・旧香南町)
 

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 井原神社

井原神社は、県道三木綾南線沿いのベストタウン香南台より南へ300m程の、綾南町と香南町の境界付近に鎮座する神社。
境内地は広く社叢も大きい。井原神社の社名碑のある鳥居から、社殿に続く緩やかな坂を上って行く。
途中道が二手に分かれ、まっすぐ行くと、井原神社。左手の道を行くと、境内社の佐伎神社の社殿へ。
井原神社の社殿は、神明造風。お参りをしたあと、佐伎神社へ。
佐伎神社は、同じ境内地内にあるが、一旦戻って左手の参道を上りお参り。

拝殿と本殿

由緒(香川県神社誌)
慶長十八年(紀元二二七三)の創祀にして、古くは妙見宮と奉稱し、伊原郷の産土神たりしと云ふ。
天正年間當地に松本助之進茂頼なる者あり。十河在保の麾下に属せしが、常に妙見像を以て守神とし、出陣に際しては必ず之を兜の頂きに安置せり。
長宗我部元親の阿波国重清城を囲むや、茂頼十河在保に従ひ勇戦して之に死す。
家人その像を持ち帰りしを、茂頼の子助太夫茂久、慶長十八年祠を建てて之を祀り妙見宮と稱せり。
これより前この地に植田妙光なる者あり。
一寺を當社現存地に建て明光寺(妙光寺とも)と云ふ。
植田氏は神櫛王の後裔なるを以て、王及び王妃の像を作り寺内に安置せしが、天正年間兵火に罹りてその所在を失せり。
元禄十六年平蔵なる者ありて明光寺山に家をつくる。その處に塚五ヶ處ありしを藤四郎なる者発掘して前の二像を得、當社に合祀せり。
明治二年に至り三躰の神禮を廃して改祭、明治三年七月社號をも舊郷名に因み井原神社と改稱す。
延寳四年社殿再建、享和元年拝殿改築あり。明治三十二年八月暴風の為め社殿倒壊せしを以て、同三十四年再建、大正六年本殿、幣殿再建、上拝殿、神饌殿新築。大正七年二月神饌幣帛料供進神社に指定せらる。(全讃史 松本家譜 植田家譜 大西家譜)

 狛犬
 


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