平尾八幡神社(高松市・旧香川町)
 

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 平尾八幡神社(東谷八幡神社)

平尾神社は、香川町と塩江町の山間に鎮座する神社。ここへは県道東谷・岩崎線を東み、東谷公民館、JAを通り過ぎ少し行くと、この神社の看板があるのでそれを目印とする。
この年は、大型台風が立て続けに上陸し、県内各地に被害をもたらした。
この地区も川が氾濫し床上浸水の被害が出ていたので、復旧が済むまでお参りはしばらく控えていた。
この日は、義経神社から上って行く、途中道が崩れていて、その部分に架設の橋がかけられていたりと、まだ台風の傷跡が生々しい。

由緒(香川県神社誌)
村社 平尾神社
天養元年(紀元一八〇四)三月十五日吉廣兵庫頭の創祀に係り、東谷八幡宮と奉称せらる。
當社神職佐藤家由緒によれば、藤原鎌足五代裔なる者の子、當国香川郡西庄村に来住し瀧井左門と云ふ。
其の子憲眞八代の孫に豊明あり、其の弟吉廣兵部の裔兵庫頭に至り吉廣城に居り當社を奉祀す。
又豊明の子孫は代々西庄村ありしが、其の八代裔左京に至り天養元年東谷村に移住し當社の神職となる。
これ現神職佐藤氏の祖にして、元暦元年源義経の平氏を追ひて屋島に来るの節、當社神官瀧井左京義経の乗馬太夫黒の病を祈りて験あり。

拝殿と本殿

奉献神馬太夫黒の由来碑
元暦元年源平屋島の戦いに源義経が當国屋島に着かれた折り、愛馬太夫黒がにわかに病み、義経は大いに困られ「このあたりに病気平癒の祈祷をなすべき神職はなきや」とおたずねあり、時に伊原郷司植田越後守明光が當社神職十五代滝居左京を屋島のご陣所に召連れ言上すれば「ただちに祈祷せよ」との命あり、しかるに陣中俄の事故、ご幣をととのえる間もなく、太夫黒を陣所の桃の木につなぎ、東に向きし青葉一枝を手折りて、ご幣のかわりとなし、丹誠こめて祈祷なしつれば霊験忽あらわれ馬早速全快せり。
義経大いに喜び太刀・具足を賜り、愛臣佐藤継信の姓を下され、ご幣なしに祈祷せし故名を幣無大夫、馬早く快くなりし故弁慶の慶の字を、もって名乗をお馬慶と改め子々孫々まで相伝えとの事なり。
この大夫黒は薄墨又は摺墨とも云はれ、「鵯越」にもつかわれた、秘蔵の名馬であり、多くの戦功を遂げ後五位に叙せらる。
こうした昔からの古き傳説を後世に残す為、名馬大夫黒を神馬として神社に奉納し、氏子崇敬者の家業繁栄・家内安全・無病息災を御祈念し、朝夕に限りないご加護を賜りたい。

狛犬
杉尾神社

杉尾神社
杉尾神社(祭神:伊奘諾神 合祀祭神 大山祗神 奥津彦神 奥津姫神)
元境外に鎮座ありしを大正六年境内に移転し、同年字骨川大杖神社、荒神社を合祀。

 


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