菊塚
 

菊塚

写真は崇徳上皇の遺跡の1つである菊塚。
[案内板写す]
 崇徳上皇が雲井御所でお住まいになっていた際、身の回りの世話をされていた綾高遠の息女、綾の局との間に1人の男の子が誕生しました。
 上皇は自らの名前の一字を与えて顕末と命名しました。
この顕末の墓が菊塚であると伝えられていて、現在は方形の基壇の上に石が積まれた塚として残されています。