八十蘇場の清水
 

八十蘇場の清水

この場所は、神櫛王が南海の悪魚征伐の際、全員がその毒気にあたった為、この水を飲んで蘇生した。
 また、崇徳天皇が亡くなられた際に、この水につけて腐損を防いだという霊水。
 この横にところてん屋さんがあって、水音を聞きながらところてんを食べることができる。
 今でもここに来て水を飲む人もいるようだが、泉の上の方に家もできたりしているので、実際はどうなのだろう?

[八十蘇の清水案内板写す]

やそばの水はドンドン落ちる つるべでくんで ヤッコでかやせ
 昔から讃岐のわらべたちに唱われたこの泉は、いかなる早天にも涸れることなく、今も清例に流れている。
 景光天皇の御代、南海に征して悪魚の毒に悩んだ讃留霊皇子とその軍兵八十八人は童子の捧げるこの水によって蘇ったがゆえに、八十蘇野水との伝説を持ち、芳甘清碧な水は古くより薬水として喜ばれ、茶人にも愛されて、遠くは阿波山中より求め来る人も多いという。
八百年のむかし、保元の乱によって綾北に配流された崇徳上皇が南狩9年にして鼓岡行在所に崩ぜられるや御殯御尊体をこの霊水にひたして損腐を防いだ聖地でもある
老杉は天を覆って森厳の気を生じ、清水は滔々として行人の心を濯ぐ、やそばはまごとに霊泉の聖地である。